染織あれこれ(46)
「船橋市なる つるや伊藤に…」
「山車幕」(だしまく)《ほ》

●山車建造百周年記念「新調天幕安全祈願祭」
     ■写真提供 佐原市・上仲町 H14/7/12

 「揺れる川面に 歴史がうつる」----『江戸優り 佐原の大祭』。

 今年の佐原祇園祭は七月十二.十三.十四の三日間。炎天下、豪華な山車十台が勇壮に曳き回された。

 上仲町の山車は『本金糸天幕』が復元新調されて"本格デビュー"。真夏の陽光に映えて、多くの市民の喝采を浴びた。

 巡行に先立ち安全祈願祭が執り行われたが、私も参列、天幕制作者として玉串奉奠をさせて戴いた。

 石田康紀八坂神社宮司さんの神事は厳粛。祝詞では「町内集い相語りて」と天幕の起源を奉じたが、続けて『船橋市なる、つるや伊藤に事をゆだね…』のくだりに感激した。

 「山車覚書」によれば本体は江戸中期一七〇〇年初期製作だが、明治二五年の大火で消失。明治三四年(一九〇一)再建。昨年は山車建造百周年だった。

 山車は「社寺建築様式本枡組造り」。大正十年大柴徳治郎が「鷹狩りの太田道灌」の人形。同年、佐藤光政、佐藤光清が彫刻。

 消失を免れた天幕製作詳細は不明だが、文化文政時代と伝わる。文化、文政は西暦一八〇四から一八一四年。およそ二百年も以前のことだ。

 逸話が沢山ある。「京都祇園祭」の水引幕や緞帳の一部説。金沢で求めたものの話。また、第一次世界大戦の成金が模造品をつくり、大金を添えて交換を申し出たが、町会では慎重審議、これを断ったなどと。

 昨年八月、初めて現場調査した際、幕の老朽化著しく、果たして「本金糸」かどうか、判断がつかなかった。

 世界的な金糸の産地、城陽市の京都金銀糸協同組合藤原実理事長や専門家の話によれば、改良金糸は明治以降。やはり本金糸だろう。

 「新たなる天幕は人々の目を楽しませ、益々町内の誉れを輝かし豆人を守る」。
 
 宮司さんの祝詞には、佐原の人々の「豊かな精神文化」がこもる。
船橋市民新聞 2002年 8/10発行 第46号