染織あれこれ(31)
実用着が華麗に昇華

「鞠水干」(まりすいかん)

《い》

伊藤 吉之助(つるや伊藤)

大きな袖と胸元の菊綴り、胸紐も特徴
京都御所・建春門と春興殿の前庭 13/4/15

 京都出張の合間に御所を参観した。春の一般公開。

 四十年前、私は無地染め屋の丁稚。自転車に大きな風呂敷包みを積んで御苑をよく通 ったが、築地塀(ついじべい)と御溝(みかわ)に囲まれた苑内は初めて。檜皮葺(ひわだぶき)造りの宣秋門(ぎしゅうもん)や建礼門など独特の様式の門。紫宸殿(ししんでん)や清涼殿などの宮廷建築群を巡ると、自然に心が落ち着く。

 『蹴鞠』を観る機会にも恵まれたが、演技の前に解説を受けた。蹴鞠は約千四百年前、中国から伝来したが本家の中国では絶えているという。当初は宮廷を中心とした貴族達の遊戯だったが中世以降、武士や庶民の間にまで大変普及したそうだ。

 手を使わないルールはサッカーと同じだが、蹴るのはすべて右足。勝ち負けは競わず″アリヤー、アリ。アリヤー、オー″などと声をかけ合って、お互い助け合って、譲り合い、そして、できるだけ長く蹴って楽しむ。まさに、「和をもって尊し」───。

 装束は水干(すいかん)、葛袴(くずばかま)に烏帽子(えぼし)姿の優美なもの。水干も葛袴も群青(ぐんじょう)、緋(ひ)、常葉緑(ときわみどり)、橙(だいだい)など、雅でカラフルな日本の伝統色。色によって位 の違いがあるそうだ。

 水干の源流は「狩衣」(かりぎぬ)。元々は狩猟の実用着だが華麗に形式化され、地位 の高い人の衣装、礼服となった。

水干は専ら一般庶民が用いた。糊張りしないで水だけで張った布、パリパリとせず柔らかく原型は「牛若丸のスタイルを思い起こして」。と、ある人が言うが、保存会の「鞠水干」、こちらも華麗に昇華。美しく、しっかりしていた。

 葛袴は経糸(たていと)に麻や綿、絹。緯糸(よこいと)に葛の繊維を使う葛布(くずふ)で仕立てたもの静岡の掛川辺りが産地。狩衣は裾を袴の外へ出し、水干は上位 の裾を袴に着込めて着用。動きやすい庶民の日常着。それを公家も″私服″として「絹の水干」を着て乗馬などの遊び着とした。

 平安貴族の「優雅な遊び」と思われがちな蹴鞠だが、あらゆる階層で楽しまれていた。水干は今で言うと″スポーツウェア″かな。 

船橋市民新聞 2001年5/1発行 第31号